「百年の秘密」ナイロン100℃ 5/3(兵芸) 秘密って何だろう

ケラさんの芝居を見るのはチェーホフの「三人姉妹」以来。実質的には初めて。ナイロン100℃として見るのは本当に初めて。劇場に入ったとたん素敵な舞台セットがあって期待値が高まる。お芝居の始まり方もいかにもお芝居らしく何が始まるんだろうとわくわくする感じ。かと思えば、プロジョクションマッピングを使った演出があり、一瞬で舞台の世界に引き込まれた。(あとで聞けば、オープニングに強い個性があるらしい。今までの作品のオープニングだけでも見てみたい)

 

 

物語の方は 犬山イヌコさん演じるティルダと峯村リエさん演じるコナ。二人が少女時代に出会い、青春時代そして晩年に至るまで、さらにその先の周囲の人々の年代記。お屋敷のメイドをナレーターのようにして、時間を行ったり来たりしながら、大きな楡の木のあるお屋敷を定点として、「百年の秘密」が何なのか、明かされていく。定点カメラでありながら、まるで大河ドラマのように物語が展開していった。3時間ほどのお芝居だが、100年の時を経験した心地になる。

 

でも、2人の関係のすべてを、そして100年のすべてを見ることはできない(しかも今回はお屋敷の楡の木の定点カメラ的セットなのでその印象が強まる)同時に「この日だけが彼らの人生だったわけではない」(この台詞はナレーターでもあるメイドのもの)ととらえられることができることは物語の残酷さに対する救いになっていた。

 

 「百年の秘密」というタイトルが示すものは「カレルが12歳だったティルダとコナに託した手紙をアンナ先生に渡さなかったこと」なのか。
2人のささいな行いが、その後のベイカー家を巡る出来事を大きく変えてしまった。どんな結果を招いたか見せつけられた後に、些末な秘密そのものが明かされる。結末を知っているからこそ、こどもらしいあどけない判断で行ったことだと感じるからこそ、鋭く心に突き刺ささった。2人が人生の最後に木の下に埋めた秘密を取り出し、取り返しのつかないことをしたと思い知る場面は残酷で救いようがない。不可逆性をまざまざと見せつけられた。2人一緒に秘密を埋めた木の下で死ぬのは罰なのか。

 

「コナがティルダの夫と関係を持った」ことも「秘密」なのか。
皆の運命を狂わせたコナの秘密。この秘密はティルダには明かされたのだろうか。その場面はないので想像でしかいえないが・・・ティルダが失踪していることから考えると真実を知って、もしくは知らされてしまっていたのか。謎は謎のまま、観客には明かされない。

でもこれはこの秘密に限定したことではなく、ティルダとコナしか知らないことや誰一人知らないことも沢山あったはず。カレルとアンナ先生の最期やポニーの本当の父親は誰なのかとか。結局私たちが知ることができるのは見たものだけ。

 

登場人物の中でもっとも印象的で胸と衝いたのはティルダの兄だった。

裕福なベイカー家の長男として生まれ、父母から愛され、期待される。そしてバスケットが得意で優秀選手として未来を嘱望される。誰もがうらやむ、絵に描いたような人生を歩むと思われる人物。のように(と私たちが始めに思えるように)思えた。でも、彼の綻びが徐々に浮かび上がって、やがてその綻びはベイカー家そのものの綻びになる。バスケット選手として推薦を得、大学に進学するはずだった。でもそうはならなかった。なぜ進学しなかったのか、それが明かされたときにはもうすべてが終わっていた気がする。彼は生きているけどもう彼の人生は終わっているように見えた。ナレーターから彼が刑務所で自殺したと聞かされたとき、彼の50年あまりの人生に思いを馳せずにはいられなかった。

父母そしてティルダとの関係。舞台の上に登場する彼は痛々しい。彼が舞台に登場するたび辛くなった。彼のいらだち、葛藤や焦燥がもやもやと広がってきてとにかく息苦しい。

そんな彼に家族なんてものとはすっかりきっかり別れて心機一転やればいいと言うのは簡単だ。でも彼自身が父母の無意識で無神経で過剰な期待の中で育った、育ったということはその期待が彼の一部になっている。本当には逃れられない。もっと彼が鈍感であるか、もっと敏感であるかすれば彼の人は違ってたのかもしれない。

「この日だけが彼らの人生だったわけではない」と何度かメイドが言うのだが、この台詞は彼のためのものだという気分になった。

 

彼には強く感情を揺さぶられた一方、主人公であるティルダとコナの関係は理解することが難しかった。個々については理解しながら見られた気がする。特にティルダの父母兄への対応は見ていていじらしかったし、ああまでも自然にできるという様子からは見えていない部分を補完することさえできた。

でも2人の関係は難しい。

年を重ねて、境遇もさらにちがってくる。そんな中でも揺るがない関係とはなんだろうか?友人関係?友人関係を信じないわけではないけれど、一生続くとは思えない部分もある。(実際人生の途中2人の関係が絶たれているしね)

特に最期の場面でティルダとともに死ぬことを選んだコナを見て、最後の最後分からなくなった。

私にはまだ分からないのか。年を経て再び見たい。