「MESSIAHー異聞天草四郎ー」 を観た

宝塚花組「MESSIAHー異聞天草四郎ー」を2回観劇。

先日の「邪馬台国の風」によって苦手というか、かまえてしまう部分ができて、本当にどきどきしながら観劇。

相変わらず、明日海さんは美しく、舞台を引っぱる力に満ちていた。多くの役者さんにスポットが当たる作りでした。

 

天草に難破した倭寇の長、夜叉王が、密かにキリスト教を信仰しつづける天草の人々に助けられ、彼らの過酷な環境に憤怒し、彼らのために立ち上がる(=天草四郎となる)徳川幕府がまだ盤石ではなく、これから盤石の体制を作ろうとする時代、将軍、老中、藩主、民たちがそれぞれの立場で何を信じるか、何を大切と思うかを見た。

 

厳しい生活の中で、キリストの教えにすがり信じることで生きながらえる人々。四郎の言葉が皆にとって新しい「救い」になり、蜂起する部分は四郎のカリスマ性についていったと片付けるには少々もの足りないように思った。キリスト教を信仰しない彼に一心についていくのは「???」となった。その場面で輪に入っていけない右衛門作が自然に見えた。彼の場合は流雨への気持ちもあって四郎を認められない部分もあったんだろうけど。ただ、民たちの「絶望→希望の光を見る→熱狂」(キリスト教を信じ始めた時もそうだったのかな)それこそが、「何かを信じること」そのものなのかもしれない。信仰心の源とでもいうべきか。

(単純に明日美さんの長台詞にも感動した。たぶん美しい人が熱意をもって語るという姿、内容が相まって一種ヤバイ空気を作っていたともいえる)

 

天草島原一揆の結末を知っているから、最期みんながどうなるのかはわかっていたけど、辛かった、たまたまオペラに華優紀さん演じる小平が入り、四郎との絆を表す貝殻を四郎に見せつけながら息絶えるのを見てしまい、辛かった・・・

なんで女子供まで巻き込んだ全滅を選択したのか・・・

四郎の首を幕府に差し出し、改宗することできたよね!!!。そうすれば天草をハライソにすることができた、だってみんな四郎の言葉によってキリスト教の教えではなく、自分の中にある内なる神を信じたでしょ!だったら踏み絵なんて恐れないでしょ!

(まあそうすれば、この物語は天草四郎物語ではなくなるのだろうけど。)

だから、辛い気持ちに加えて、なぜなんだという不信感が戦いの場面で私の心の中を駆けめぐっていた。

そんな中でも、水美さんの美しすぎる姿、鳳月さんの救いのない極悪非道っぷり、仙名さんの天使の声かと思う歌声(もっと聞きたかった!)、瀬戸さん桜花さんのいちゃいちゃ夫婦、かわいすぎる子役芸などときめくポイントはたくさんあって結構楽しめた。

最後の場面は右衛門作の書いた絵なのかな?こがね色が象徴的に使われていて、それまでの複線回収があって驚いた。当時こがね色を実際使うことが難しかったとするならば、右衛門作の頭の中で描かれた想像の絵なのか?

四郎が流雨の横でほほえんでいるのを見ると、彼のことを許していたんだなあ。唯一生存し、生き延びた苦しさや四郎が天草の人々にしたことを考えると一筋縄ではいかない気がしたけど。右衛門作の芸術家らしい感受性が強く、線が細い雰囲気が柚香さんによく似合っていた。

全体として物語に大きな破綻がなく(「???」と思ったけど、明日海さんの放つカリスマ性でこらえた、カリスマ性といえば、彼女は台詞だとそんなに感じないけど、歌うとその歌詞に説得力が出る、歌声が魅力的!歌詞も台詞より聴き取りやすいくらい!)見ることができた。期待値がかなり低かっただけかもしれないが。舞台転換や照明の使い方が結構好みだった。欲を言えば、もっと流雨について書き込んでほしかった。私は仙名さんの芝居、歌がかなり好きなので、もっと出てほしいと。まあ少ない出番でもきらっと光っていましたが、次の公演はもっと活躍してほしいですね。